本記事では日本の中央銀行である日本銀行(以下日銀)について説明したいと思います。
日銀の歴史
日銀の設立の経緯は、明治10年(1877年)に勃発した西南戦争に遡ると言われています。戦時中、政府が戦費調達のために大量の不換紙幣を発行し、それによって急激なインフレが発生しました。その後、大蔵卿に就任した松方正義が、不換紙幣の整理をはかるため、明治15年に欧州各国の制度をモデルにした中央銀行を創立し、通貨価値の安定を図るための銀行制度を整備したと言われており、この年に日本銀行条例を公布されています。
現在も日本橋本石町2丁目にある日本銀行本店は、日本近代建築の父とも言われる辰野金吾が設計し明治29年(1896年)竣工しました。
時は流れ、大戦中の1942年に日本銀行法が制定されます。戦時の統制色がかなり色濃く出た内容となっており、「国家経済総力ノ適切ナル発揮ヲ図ルタメ国家ノ政策ニ即シ通貨ノ調節,金融ノ調節及ビ信用制度ノ保持育成ニ任ズル」、「専ラ国家目的ノ達成ヲ使命トシテ運営セラシムル」という条文が第一条、第二条に記載されており、政府が人事権や広範な業務命令権を持っている状態でした。金・銀本位制度から管理通貨制度(すなわち保有する金や銀の量に関わらず、日本銀行が貨幣の発行量を管理する制度)に移行したのもこの時とされています。
1997年になって、バブル崩壊を機に戦時中から大きな改正は行われていたなかった日本銀行法が改正されることとなります。上記の条文を見る限り本当に大丈夫だったのか?と思わずにはいられない方もいるかと存じますが、当時以前の日本は高度経済成長期も経験し、性善説でも物事がうまく回る時代だったため、特に大きく問題視されることはなかったようです。この改正は、諸外国の中央銀行の研究結果をモデルとし、「独立性」と「透明性」の考え方が多く盛り込まれた法改正となりました。具体的には、政府との意見の相違による解任ができないこと、議事要旨と議事録の公開、年2回の業務報告書国会提出の義務化などが明文化されています。政府と民間どちらにも所属しない立場として、短期的な政治家の圧力に屈せず、中長期的な視点から国家経済の発展に貢献する政策を実行できるような土台を整えた改正と言えそうです。
参考:日本銀行の沿革、日本銀行の歴史と日本経済、日本銀行の「独立性」と「透明性」――新日本銀行法の概要
日銀のミッション
日本銀行法の序文を見てみましょう。
第1条第1項 日本銀行は、我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。 第1条第2項 日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする。 第2条 日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。
日銀の最も重要なミッションは、「物価の安定」は「金融システムの安定」とされています。そのために日々様々な調査を通して、金融政策の議論・決定を行っているわけです。日銀が決定する政策金利などは株価や企業の業績にも直結しますが、「株価の向上」は日銀のミッションではないため、物価の安定よりも株価向上を優先した政策を日銀に期待することはお門違いとわかりますね。また別の記事でも解説したアメリカの中央銀行制度とは異なり、雇用の安定はミッションに含まれていない点は注目に値します。この違いは日米で同じような統計調査結果であっても政策の意思決定において、差を生みそうなのでよく理解しておきたいですね。
日銀の役割
ここからは日銀が果たす役割を見ていきたいと思います。
①自国通貨の発行と信用維持
円紙幣(日本銀行券)は日銀の発注に基づき、国立印刷局で作成されます。また偽札を作られないようにホログラムや潜像模様、特殊発光インキ、深凹版印刷、など様々な技術が施されていることは周知の事実かと思います。紙幣は定期的に日銀に回収され、劣化度合いに合わせて新札と交換されています。日銀のおかげで、機械で読み取れないお札が出回ることがないようになっているのですね。ちなみに硬貨は政府の発注に基づいて造幣局で作られ、紙幣と硬貨の合計の製造量を決めているのは財務大臣ということになっています。
②マネーサプライの調整
物価調整につながる政策として、『公定歩合やコール市場の金利を調整』や『金融機関との債券の売買』を通じて、市中に流れるお金の量をコントロールします。これは米国の場合と同様ですね。他にも預金準備率の操作も可能ですがこちらは長らく変更されていません。また、総裁、副総裁、審議委員の計9名が参加する金融政策決定会合(年8回開催)にて、金利などの政策が決定されます。日銀は金融政策決定に必要な情報を集めるために、統計情報や企業への聞き取りを通して、景気や物価動向を日々分析しています。
③銀行の銀行・政府の銀行
金融機関および政府は、日銀に口座を持っています。我々一般消費者がA銀行からB銀行への現金振り込みで売買を行った時、A銀行からB銀行に直接お金が移動するのではなく、日銀ネット(日本銀行金融ネットワークシステム)という仕組みを利用した日銀の各金融機関の口座残高移動により、現金振り込みが実現されます。年金が振り込まれる仕組みも同様で、日銀にある政府の口座に税金が集められ、政府の口座残高から年金受給対象者が保有する各金融機関の日銀の口座残高に移動するという形になっています。この日銀ネットでは一日100兆円のお金が日銀の口座内で動いていると言われています。
④最後の貸し手
一時的な資金不足に陥った金融機関に対して、他に資金供給を行う主体がいない場合に、中央銀行が文字どおり最後の貸し手として一時的な資金の貸付け等を行うことを言います(日銀特融)。これは、金融機関の連鎖倒産を防ぐことが、社会の混乱を防ぎ、金融システムを安定化につなげるために必要と判断された場合の特別な措置になります。
参考:国立印刷局
日銀の組織
現在の日銀は独立性が担保されていることはここまで見てきたとおりですが、組織としては認可法人に分類されており、政府機関でも営利組織でもないことが日本銀行のHPに明記されています。そのことはドメインの末尾に『or.jp』を利用していることからも理解できます。国連やNHKでも使われていますが、財団法人、社団法人、NPO、特殊法人などで利用されるドメインですね。また株式上場していており政府が55%の株式を保有することが法律上定められていますが、株主総会はなく株式会社ではないと日銀のHPはじめ様々な媒体に明記されているので形式だけのものと理解してよいかと思います。
政策委員会
総裁、副総裁(2人)、審議委員(6人)から構成される政策委員会が日銀における最高意思決定機関であり最も重要な組織です。金融政策の運営や様々な業務の基本方針を決定しており、政策委員会が主催する金融政策決定会合において、一人一票の議決権を持ちます。財務大臣など政府からも一部参加できる役職はありますが、議決権は持ちません。
総裁(1名) | ■日本銀行を代表し、政策委員会が定めた方針に従い業務を整理 ■両議院の同意を得て、内閣が任命 ■任期は5年 |
副総裁(2名) | ■総裁の定めにより日本銀行を代表し、総裁を補佐 ■両議院の同意を得て、内閣が任命 ■任期は5年 |
審議委員(6名) | ■両議院の同意を得て、内閣が任命 ■任期は5年 |
日銀の本店、支店の所在地
日銀には国内に14の事務所、32の支店、7箇所の海外事務所があります。特に海外事務所は現地の景気や物価の実態を掴み、為替変動も考慮した物価安定化につながる政策判断のための情報ソースとして重要な機能を担っているようです。
参考:日本銀行の概要
日銀の政策
現在の日銀は2%の「物価安定の目標」を掲げていますが、日本は長らくデフレが続いており、どれだけ金融緩和を行っても物価が上がらない状況に日銀の黒田総裁は頭を悩ませてきたことと思います。2022年末の物価上昇率でようやく前年同月比3%ほどとなり2%を大きく超えたものの、需要プル型(需要が強い好景気)のインフレではなくコストプッシュ型(原価高騰による利益圧迫での仕方なく)のインフレなので、これで目標達成と言えるのかと問われているのが現状です。また2%を超えた物価向上はインフレ懸念もあるためでしょうが、これまで続けてきたマイナス金利政策からの方針転換を匂わせる発言を黒田総裁がしたことも記憶に新しいところです。ここでは日銀の近年の金融政策「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の要素を確認しきましょう。
e-statのデータから作成
(1)日本銀行当座預金へのマイナス金利適用
2016年1月28、29日の政策委員会・金融政策決定会合において、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しています。世界的に見ると、マイナス金利政策はリーマンショックを受けてスウェーデンのリクスバンクで2009年に導入され、その後ECB(欧州中央銀行)、デンマーク国立銀行、スイス国立銀行、日銀などが導入したようです。マイナス金利ということは、金融機関が日本銀行に預け入れる当座預金の残高に対してマイナス0.1%の金利、すなわち銀行(金融機関)から見れば日銀に預けているとお金が取られて損ということになるので、金融機関は積極的に市場への融資を促すことでお金を回していこうという政策です。ただし全ての残高に対して取るのは金融機関に対しての負担があまりにも大きくなるということで、3つの階層に分けて金利を調整しています。
また、無担保コール翌日物(翌日返済期日の金融機関同士での融資)のレートも同様にマイナス水準に抑えられています。金融機関同士でお金を貸すのに貸す側がお金を払って資金を融通する意味なんてあるのかと思ってしまうところですが、日銀の当座預金口座に預けておくよりも有利なレートで預かってくれるならマシということが貸す側に対するインセンティブとして働くようです。
(2)長期国債の買入
長期金利(10年物国債利回り)が概ねゼロ%程度で推移することを目標として、国債に対する買入を進めています。債券は価格が上がれば利回りが下がるという関係になるため、大量の資金で国債を買い入れることで需給を変動させて国債価格を上げて金利を抑えているとされています。また、日銀は買い入れる国債は金利が高いものから買い入れ、償還(満期)まで保有する方式をとっているため、市場から金利の高い債券の流通を減らすことも同時にしていると考えて良さそうです。
なお、2022年12月時点で日銀が保有する国債残高は500兆円を超えています。とんでもない額ですがこれは他人事ではなく、日銀が政府に対して債権があるということになり、その政府の収入であるところの税金は国民から徴収するものなので、いずれ国民の税負担で返すことになるとされている金額です。物価が上昇せず賃金が上がらない現代日本においては想像しづらいですが、物価が上昇し賃金が多くなる世の中になれば多少の税負担にも耐えられるようになるものと思われます。そう考えると国民は少しでも早く経済成長する日本を取り戻す方向に向かうべきで、そのためにも政治や経済にも絶えず関心を持つようにしないといけないですね。『日銀は政府の小会社みたいなものだから国債をチャラにできる』といったトンデモ理論も巷ではありますが、外国からの日本円への信頼や中央銀行独立性の原則を考えればあり得ない話だと私は思います。
(3)ETFの買い入れ
日本銀行のETF買い入れ制度は、2010年10月の金融政策決定会合で決定されたものです。そこから買い入れ額の増加や銘柄の見直しが定期的に行われ、現在はTOPIXを中心とした銘柄(その他、J-REITや設備・人材投資ETF)を購入することになっており、これまでの日銀のETFの購入により東証全体の時価総額の6%を実質日銀が保有していると言われています。しかしながら、2022年の買入額は開始前水準まで落としており事実上この金融政策は終了したと言われています。
この金融政策については世界でも日本の中央銀行しか行っていませんが、市場での健全な株価形成への影響度の大きさから、”官製相場”だという批判も多い内容となっています。この政策については、結果はしっかり検証してもらいたいですね。また購入したETFが通常の市場を介して日銀の手を離れるとなれば、日経主要指数の株価に売り圧力がかかり大きな下落を伴うため、個人で株を保有しているかどうかに関わらず日本経済を通して我々の生活に影響が出ることが予想されます。2019年からETFの貸付制度も始めており買い一辺倒ではなくなってきているようですが、出口戦略についても注視しておく必要がありそうです。ただこれも日本企業の価値が右肩上がりなら杞憂で終わるため、成長産業が作れるかどうかの方が重要だろうというのが私の意見ですが、それはまた別の記事で書きたいと思います。
日銀サイトの公開データから集計
参考:日本総研『非伝統的手段としての金利政策の評価と課題』、三層構造のもとでの金融調節運営
その他の主な業務
ここまで見てきた日銀の役割や政策では紹介しきれなかった日銀の主な業務内容について表にまとめました。下記の業務内容はいずれも、物価と金融システムの安定という目的に即した非常に重要なものばかりですね。
日銀ネットの運営 | ■正式名称を「日本銀行金融ネットワークシステム」といい、日本銀行とその取引先金融機関との間の資金や国債の決済をオンライン処理により 効率的かつ安全に行うためのネットワークを運用しています。 |
考査・オフサイトモニタリング | ■当座預金取引の相手方である金融機関(取引先金融機関)の業務および財産の状況を把握するために行う活動です。金融機関に直接立ち入って の調査を考査、電話でのヒアリングや提出資料をもとに分析を行うことをオフサイトモニタリングと呼び区別されます。 |
マクロ・プルーデンスの取り組み | ■考査・オフサイトモニタリングがミクロな視点だとすると、マクロな視点から金融システム全体のリスク動向を分析・評価を継続的に行っています。 その結果は金融システムレポートとして年間2回発表され、必要に応じて実際の政策や施策に落とし込まれることになります。 |
国際会議への出席 | ■財務大臣・中央銀行総裁会議(G7、G20、ASEAN+3)、BIS中央銀行総裁会議をはじめとした様々な国際会議への出席の他、 各国の中央銀行、BIS(国際決済銀行)やIMF(国際通貨基金)などの国際機関等との間での様々な会合にも出席しています。 |
外貨準備 | ■為替介入に使用する資金であるほか、通貨危機等により、他国に対して外貨建て債務の返済が困難になった場合等に使用する準備資産として、 日銀では外貨を保有しています。日本では財務省でも外貨準備を保有しています。 |
為替介入 | ■為替相場の急激な変動を抑え、その安定化を図るために、「円売りドル買い」や「ドル売り円買い」によって為替相場に影響を与えることを言います。 ■為替介入は財務大臣の権限で実施が決定され、日銀法に基づいて日銀が実務を執行します。 また、為替介入に必要な資金は、財務省所管の外国為替資金特別会計(外為特会)の資金が充てられます。 |
統計調査 | ■通貨や金融市場、預金や貸出金、決済、企業動向、物価、財政、国際収支など、様々な統計データを発表しています。 |
日銀のバランスシート
最後に日銀のバランスシートを見ておきましょう。比率を見やすいように資産、負債それぞれを円グラフにしています。まずは資産から見ていきましょう。現在の日銀保有の資産の合計は698兆円となっています。
大規模な金融緩和の結果、資産の8割(557.5兆円)を『国債』が占めています。次に多いのは『貸付金(81.3兆円)』ですが、コロナ直後に金融機関に有利な条件で貸し出す政策を行った結果、激増したようです。一時は100兆円を超えた貸付が81兆円まで減っていることを考えるとアフターコロナ、ポストコロナには着々と向かっていることが実感できます。
『指数連動型上場投資信託』が37兆円と続きますが、こちらは上述の日銀が買い入れたETFになります。10数兆円の含み益があるとされているにも関わらず、公表されている買入額とほぼ一致することから、帳簿上は株式の時価ではなく買入時点の金額で管理しているものと思われます。ここまでで全体の97%を占めることから見ても、金融緩和の出口戦略が注目されるのは頷けます。
次に負債の部を見てみましょう。(※純資産を除いているため、資産と一致しない点はご留意ください)
最も大きい割合を占めるのは、『当座預金(72%)』です。これは、銀行などの金融機関が日本銀行に預けたお金を意味しており、銀行の銀行として当然だと言えます。次に発行銀行券とありますが、銀行券の”債務証書”としての性質から負債として計上されているものです。兌換紙幣の時代、銀行券はいつでも金や銀と交換できるものとして、金や銀を資産に計上するのと両建てで銀行券を負債に計上していました。管理通貨制度に移行したため金や銀の保有の必要はなくなりましたが、銀行券の発券の負債としての性質は変わらない(何らかの資産獲得に対して振り出すもの)ため、現在も負債として計上しています。その後に『その他預金』とあるのは海外中央銀行などの預金を対象とした費目です。次の『政府預金』より大きいのは海外資本の預り金と言われると納得できます。
参考:営業毎旬報告
最後に
本記事では日銀の概要についてざっと解説しましたが、日銀が担っている役割や重要性、近年の金融政策について要点を抑えて効率よく理解できる内容になっているんじゃないかと思います。また今後の金融政策で大きな変化があれば、随時アップデートを記事にしていきますのでよろしくお願いします。