前の記事で世界経済の歴史について見てきましたが、世界経済の危機のたびに重要な役割を果たしてきたのが中央銀行です。本記事では中央銀行とは一体何者なのか、そしてどういった役割を担っているのかについて、米国の中央銀行を中心に見ていきたいと思います。
中央銀行の基礎
中央銀行の歴史
中央銀行は、各国あるいはEUのような共同体に独立して置かれている組織であり、国によってミッションの差異はあるものの、『金融政策の実施および金融システム・物価の安定の役割を担っている組織』と考えて差し支えはないかと思います。一方で「中央銀行の活動は多面的なものであり、すべての人が受け入れる唯一の中央銀行の定義は存在しない」とも言われているほど、中央銀行の役割が多岐に渡ることは理解する必要がありますが、まずは歴史を紐解きながらその成り立ちを見ていきましょう。
世界最古の中央銀行はスウェーデンリクスバンクとされています。リクスバンクは世界に先駆けてデジタル通貨発行構想を世界で最初に打ち出すなど、現代においても先進的な中央銀行であり、また設立300周年を記念して、1968年にアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞(ノーベル経済学賞)を設立した中央銀行としても知られています。リクスバンクの前身であったストックホルム銀行が過剰な銀行券の発行により通貨の信頼を損ない破綻したという経緯から、リクスバンクは経営の健全性が社会的に求められ通貨の発行権限を持たない中央銀行として設立されました(後に通貨の発行権限は付与されることになる)。
1694年というリクスバンクと比較的近い時期に設立された中央銀行としてイングランド銀行があります。イングランド銀行は、主に対仏戦争のために発行された多額の国債の管理を行う商業銀行として設立されましたが、この頃はイングランド銀行が唯一の通貨の発行権限を持っていたわけではなく、他の銀行にも同様の権限がありました。ただイングランド銀行の取扱高の圧倒的な多さから各銀行がイングランド銀行の発行券を持つようになり、徐々にイングランド銀行が金融システムの中核を占める存在になっていきました。
この2つの中央銀行の始まりを見て分かるように、中央銀行は最初から現代のような機能を保持していたわけではありません。数百年におよぶ試行錯誤の中で現代の形となったわけですが、現代の形になるまでの象徴的な出来事をあと2つほど見ていきましょう。
①リンカーン大統領とケネディ大統領の暗殺
1865年のリンカーン大統領の暗殺、そして現代でもショッキングな事件として記憶されている1963年のケネディ大統領の暗殺事件の背景として、『”政府”紙幣の発行があったのでないか』とする説があります。リンカーン大統領は南北戦争、そしてケネディ大統領はベトナム戦争の折、いずれも中央銀行ではなく政府による紙幣発行を行っています。アメリカという経済大国の大統領に紙幣発行の権限まで持つことに驚異を感じた国際金融資本がそれぞれの暗殺に与したと噂されているわけですが、真相は定かではないようです。
②各国中央銀行法の改正
1977年の連邦準備制度改革、1990年代後半の日銀法改正、イングランド銀行法改正など、歴史の進展とともに各国の中央銀行でその目的を明確化し、透明性と独立性を持たせるような法改正の動きが進みました。それまでの世界経済はインフレに悩まされることが多かったのですが、政府は通貨の発行を伴う短期的な政策目的(選挙前の消費刺激、雇用の拡大など)を優先しがちであり、それがインフレの急上昇により金融システムを壊す結果につながることが経済理論の発展によって明らかになってきました。その結果、中央銀行に独立性と適正な権限を持たせることを盛り込んだ法改正につながり、現在の形に至ったようです。
参考:中央銀行の起源、【ドルの歴史】巨大財閥が「ドル」を動かす!ロックフェラー、JPモルガンがやってきたこと、中央銀行の独立性再考:新たな環境のもとで
中央銀行は何をしているのか
中央銀行の金融政策は、①市中に出回る資金量のコントロールと②政策金利のコントロールの2つという理解でよいかと思います。この2つを適切に調整することで、物価や金融システムの安定化を図ろうとしています。なお、FEDにおいては雇用の最大化という目的も掲げており、CPI(コア物価指数)に加えて雇用統計も意識した金融政策の実施判断がなされています。(なお、日銀においては預金準備率操作といった手法もありますが、30年来実施されていないことも踏まえてここでは考えないこととします。)
①市中に出回る資金量のコントロール
中央銀行と金融機関の間での国債・社債・手形などの売買により、中央銀行はマネーストックおよびマネタリーベースをコントロールしています。マネタリーベースとは中央銀行が供給するお金の量を表す指標ですが、お金の需給の変化を引き起こして物価の増減や為替の変動をコントロールしていると考えていいでしょう。円に例えて感覚的に理解をするならば、『円の総量が減ると希少性が上がって円の価値が上がり、円の総量が増えれば円の価値が下がる』という性質を利用しているということです。また、マネタリーベースと合わせてマネーストックというものがあるのですが、それぞれ下記のように定義されています。
マネタリーベース = ”市中に存在する現金の量” + ”金融機関の日銀への預金残高”
マネーストック = 貨幣乗数 × マネタリーベース
一つずつ見ていきましょう。マネタリーベースのポイントは、”中央銀行が供給した”ということです。日銀を例に考えると、日銀が発行した円の中には2種類あるわけです。そう、『日銀内にあるものか。それ以外か』。それを表した数式がマネタリーベースです。
マネーストックは、”(中央銀行を含む)金融部門全体から経済に対して供給される通貨”とされています。一般法人、個人、地方公共団体などの通貨保有主体(金融機関・中央政府を除いた経済主体)が保有する通貨(現金通貨や預金通貨など)の残高を集計したものです。上記の数式における貨幣乗数は信用創造の仕組みと密接に関わっています。詳細に説明すると記事が長くなってしまうので、今回は簡単に言ってしまうと借金をする人が増えれば、世の中の貨幣は増えていきます。低金利だったり好景気で資金需要が大きい時は貨幣乗数が大きくなって、マネーストックは大きくなっていきます。また、マネーストックについてはどこまでの金融商品を通貨として捉えるかという線引によって計算が異なり、M1、M2、M3など複数の指標が存在します。
もう一点重要なポイントとして、機関投資家は投資判断の一環としてマネーストックを判断材料としているということです。マネーストックと株価の関係については別の記事にて深堀りしたいと思います。
②政策金利のコントロール
下記の図のように、①銀行が中央銀行に預金する際の短期金利、②銀行が中央銀行から借りる際の短期金利、③コール市場における銀行間の翌日物の金利の3つを中央銀行は政策金利としてコントロールすることができます。金融機関に対する金利を引き上げれば、金融機関は利益を出すために企業や個人に貸し出す際の金利を連動して上げることで市場ではお金が借りにくくなり、結果として物価抑制につながりますが景気は悪くなりやすいです。逆に金利を下げると、市場でお金が借りる人が増えて景気は刺激されますが、インフレにつながりやすくなります。
参考:マネタリーベースの解説、「マネーストック」とは何ですか?、
米国の中央銀行
連邦準備制度の枠組み
ここからは米国の中央銀行にフォーカスしてみたいと思います。米国にはFederal Reserve System(連邦準備制度)があり、頭文字を取ってFEDまたはFRSと呼ばれています。前の段でも少し触れましたが、FEDは『雇用の最大化』と『物価の安定』の2つを使命として掲げており、デュアルマンデートが特徴であるとされています。
その中枢機関である連邦準備理事会(Federal Reserve Board)/FRBです。FRBの旧体制連邦準備局は1913年に創設され、1935年に現在の名称に変更されて現在の名称になりました。ニュースなどアメリカの中央銀行組織と同じ意味でFRBと呼ばれることもあり、日本の中央銀行である日銀に相当する組織はFRBと考えて差し支えないと思います。
厳密に見ると、FEDという制度のもとに3つの重要な組織がぶら下がっている格好となっています(下図参照)。合衆国憲法のもとに50の州がそれぞれ独立した政治を行っているアメリカらしい発想だと感じますね。
連邦準備理事会(FRB)
FRBは7名の理事から構成され、理事の中から1名の議長、2名(金融政策担当、銀行監督担当)のFRB副議長が任命されます。FRBの理事は上院の助言と同意に基づき、大統領によって任命されます。FRBの議長は、その独立性と金融市場への影響力の観点から、アメリカでは大統領に次ぐ権力者と考えられています。
12地区の連邦準備銀行
12地区の連邦準備銀行は、連邦準備法に従ってそれぞれ法人化されており、9名で構成される取締役会を有しています。各連邦準備銀行と24支店が、FRBが決定した政策に沿った実務を担いますが、その中で最も重要な役割を担うのがニューヨーク連邦準備銀行の総裁です。ニューヨーク連銀総裁は、後述のFOMCで副議長を兼任するとされているためです。
連邦公開市場委員会(FOMC)
FOMCは米国の金融政策を決定する連邦準備制度の機関です。年間8回開催され、12人の投票権のあるメンバー(FRB理事7人+連邦準備銀行総裁5人)で構成されます。FOMCのスケジュールはFEDのサイトで公開されており、FOMC声明文はFOMC開催最終日に公表され、3週間後に議事要旨が公開されることとなっています。FOMCの決定は株価に大きな影響を与えることも多いことから、FOMCは市場関係者の注目度の高い組織体だと言えそうです。
参考:Structure of the Federal Reserved System、米国の統治の仕組み – 連邦政府
コロナショック以降のFRBの政策
コロナショック後、FRBは米国債などを無制限に購入する量的緩和政策を打ち出した結果、株式市場は大いに盛り上がりを見せ、米国のナスダックを始め主要指数は軒並み過去最高値を叩き出しました。しかしその反動で過度なインフレが発生、2021年末にはインフレを抑制するために金融引き締め政策に転じ、2022年の株式市場は低迷しました。
ただここまで見てきたとおり、FRBの目的は株価の上昇ではなく、『雇用の最大化』と『物価の安定』です。その目標数値として、完全失業率4%および物価上昇率(CPI)2%を適正値と考えており、その付近に落ち着くように様々な金融政策を講じることが想定され、その一つ一つが世界の金融市場や景気に対して大きな影響を与えることもまた予想されます。コロナショックで市中から買い上げたジャンク債への懸念なども議論され始めていますが、FRBの動向には引き続き注目です。
https://fred.stlouisfed.org/, およびhttps://www.investing.com/よりデータを取得し作成